第55回一橋祭

さよなら、編集長。

はじめに

皆さんどうもこんにちは。経済学部1年の田舎産委員です。わざわざこんな記事を見に来るとは随分物好きなようで。……というのは僕の記事では毎度言っていることですが、今回の記事を読みに来るのは群を抜いた物好きだけでしょう。

皆さんはたけのこさんという方をご存じでしょうか。何を隠そう、今年の一橋祭運営委員会においてWEBマガジン編集長を務められたお方です。皆さんが今お読みのこの記事も含め、今年の一橋祭WEBマガジンの記事は全てこの人が管轄しています。

本題はここから。この編集長なのですが、本日12月16日を以てWEBマガジン編集長を退任されます。この記事は、その退任に合わせたお別れ記事なのです。

編集長の仕事内容

そもそもの話、編集長って何をしているの?管轄って何?というのは皆さんの思うところだと思います。なので少しその話をさせてください。
まず編集長が絶対にする仕事は「記事のアップロード」。これは必ず編集長がする仕事であり、皆さんがイメージする仕事かもしれません。これに付随する校正作業も編集長がメインで行います。
これに加えて行う場合があるのが、「サムネイルの作成」。一橋祭WEBマガジンは「マガジン」とあるだけあり、文字中心の媒体です。そのため、「文章は書きたいけどサムネイル(画像)を作るのは……」という人も居ます。そんな人のためにサムネイルを作るのも編集長がしていました。
また、忘れがちなのが「投稿後の分析」。アナリティクスからビュー数などを確認し、記事やその後の情宣について分析します。

細かく話せばもっといろいろなことをしているのですが、ざっくりと理解してもらうならこのような形でしょうか。

編集長が書いた記事の話

これらの「編集長としての仕事」のほかに彼がしていた仕事として、「記事の執筆」というものがあります。細かな話をするならその中でも「一橋祭WEBマガジンを代表する編集長として」の記事と、「単なる1ライターとして」の記事が存在したりはするのですが、まあ何だっていいです。
とにかく言いたいのは、1ライターとしての彼も相当に一橋祭WEBマガジンにいろいろなものを残したという話なのです。

中でも僕が好きなのはこのシリーズですかね。第54回一橋祭団体コラボシリーズ。
https://ikkyosai.com/magazine/wordpress/archives/1051
https://ikkyosai.com/magazine/wordpress/archives/1087
https://ikkyosai.com/magazine/wordpress/archives/1131
これらの記事は編集長が自ら取材しているのですが、団体さんの雰囲気や企画の魅力がダイレクトに伝わってきていいですよね。

ちょっとした裏話として、完成した記事を見て編集長と話をしていたのですが、本人が取材を楽しんでいたんだろうなっていうのが相当に伝わってきて面白かったです。彼自身、この記事に限らず、仕事を単なるタスクとしてではなく趣味としていた側面があります。そうして楽しむ姿があったからこそ、僕を含めて多くの人間がついていったのでしょうし、このWEBマガジンも盛り上がっているのでしょう。

個人的な話

ここからは個人的な話です。挨拶でも述べたように、僕は1年生。今年この委員会に入会したばかりの人間です。4月に入会してから今までの8か月でここまでWEBマガジンの世界にどっぷり浸かることになったのは、疑いようもなく編集長のおかげというお話。

そもそも僕がWEBマガジンを書きたいと思い始めたのは入会してから2週間ほどのころ。編集長がWEBマガジンライター募集中ですとの話を委員会全体にしていて、そのときに東京体験記vol.1の案が思いついたんですよね。この記事を書きたいという話はすぐに編集長に相談しました。そこでつながってくるのがサムネイル作成の話です。今と違い当時の僕には画像を作る意欲はなく、編集長に代わりに作成してもらいました。ちなみに余談ですが、そのとき作ってもらったサムネで使われているフォントが「VDL ペンレター M」。今回の記事のサムネも……というのは言葉にするのは野暮でしょうね。
そんな経緯で書かれた僕の初回記事はこちらです。

その後は僕も段々と自立していき、記事自体は独力で作成できるようになりました。しかしそれからも編集長はいろいろな面で支えてくれます。そのエピソードを一番象徴しているのはこの記事のときの話ですかね。

記事を読んでいただければ分かるとおり、この記事では青春18きっぷを利用して帰省をしています。でも皆さんはご存じでしょうか。青春18きっぷは5日分セットでの販売なのです。記事のためには2日分で十分で、残りの3日分は余ります。それを買い取ってくれたのが編集長。シンプルに金銭的にありがたかったです。

助けてもらったエピソードは数えきれないほどあるのですが、他はどれも面白みがないのでこの辺で終わりにしておきます。

おわりに

正直なところを言うと、この記事を作るべきかというのは僕自身悩むものがありました。この記事は僕の自己満足に過ぎませんし、読者の皆さんにとって面白いものかといわれると微妙なところです。今年1年一橋祭WEBマガジンを運用し、そのアナリティクスを見つめて悩まれていた編集長の姿を思うと、このような需要のわからない記事を書くこと自体が編集長の努力を汚すことなのではないか、とも思いました。
それでも僕はこの記事を書きました。それは、あれだけ努力され、献身され、多くのものを残した編集長の姿が、彼の愛したこの一橋祭WEBマガジンの中に残っていてほしいと思ったからです。確かにこうした努力は「言わぬが花」なのかもしれません。だけれど、そうであっても、この記事1本くらいは許してほしいものです。

改めて。編集長、1年間本当にお疲れ様でした。これからもどうぞお元気で。